大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(ネ)3676号 判決 2000年11月30日

控訴人

株式会社アサバン印刷

右代表者代表取締役

控訴人

右両名訴訟代理人弁護士

斎藤博人

中城剛志

松村幸生

参加人

東日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

右代理人支配人

資宗克行

右訴訟代理人弁護士

佐藤安男

脱退被控訴人

日本電信電話株式会社

右代表者代表取締役

主文

控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

控訴人株式会社アサバン印刷の当審における新請求を棄却する。

当審における訴訟費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  控訴の趣旨

原判決を取り消す。

参加人は、控訴人株式会社アサバン印刷に対し、金三億七五〇〇万円及びこれに対する平成九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

参加人は、控訴人Aに対し、金一億二五〇〇万円及びこれに対する平成九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、第一審、第二審とも参加人の負担とする。

2  当審における新請求の趣旨(予備的請求)

参加人は、控訴人株式会社アサバン印刷に対し、金三億七五〇〇万円及びこれに対する平成九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一審、第二審とも参加人の負担とする。

二  参加人

主文と同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これを引用する。

一  当審における控訴人らの主張の要点

1  対象となる著作物について

(一) 控訴人A(以下「控訴人A」という。)が作成した別紙物件目録二記載1ないし4の職業別電話帳(以下「控訴人電話帳」と総称する。それぞれを表すときは、「控訴人電話帳1」などという。)は、いずれも、第一分冊ないし第六分冊の全体として一つの編集著作物として保護されるべきである。

控訴人Aは、控訴人電話帳1ないし4に関して、既発行の第一分冊についてのみならず、未発行の第二ないし第六分冊についても、それらを発行予定であることについての各種の案内文(発行予定の電話帳の表紙等を模した広告宣伝用の冊子又はちらし)を作成し、発行予定の電話帳へ掲載する広告を募集すべく、これらに業者に対する広告掲載への案内を載せて広く頒布するなどして、大々的に広告宣伝し、その結果、これらの書面から、第二ないし第六分冊についても、どのような編集方針に基づいて編集され、どの区を掲載対象とし、どのような内容となるのかが明らかにされるに至っていた。また、控訴人株式会社アサバン印刷(以下「控訴人会社」という。)は、資金面を含めて具体的な事業計画を立案し、発行時期を告知し、写植打ちを行う作業を進めていたから、日本電信電話公社(以下「電電公社」という。)からの執拗な営業妨害(発行妨害)がなければ、確実に控訴人電話帳の第二ないし第六分冊を発行し得る状態になっていた。

このように、控訴人電話帳は、その第二ないし第六分冊が未完成ではあったものの、これらを含めてその全体としての知的創作性が、これを見る者にとって明らかな程度に達していた。このような場合、未完成部分も含めた控訴人電話帳の全体が、編集著作物として法的に保護されるべきである。

(二) 仮に、右主張が認められないとしても、控訴人電話帳(各第一分冊)が独立した著作物であることは当然であるのみならず、控訴人電話帳の第二ないし六分冊もまた、それぞれ独立した編集著作物として保護を受けるべきものというべきである。

2  創作性について

(一) 著作権法がその保護の対象とする著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著作権法二条一項一号)であり、著作権法は「著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする」(同法一条)ものであるから、著作物に現れる著作者の個性(思想又は感情)が学術的・芸術的に優れたものであることを要するものではない。この点は、編集著作物も同様であり、素材が単なる事実、データ等であっても、当該素材の選択又は配列に一定の目的又は方針に基づく何らかの著作者の個性が外部的表現に現れていること、右外部的表現行為に現れた著作者の個性(思想又は感情)が、現代社会における実用性という観点からみて積極的に評価しうる方針又は基準に基づくものであることをもって足り、学問的な完全無欠さ、専門的知識に支えられたものであることを要しない。また、独創性の程度は、厳密な意味での独創性があることや他に類例がないことが要求されるものではなく、思想又は感情の外部的表現に著作者の個性が何らかの形で現れていればよく、思いつき程度の思考に基づく創意工夫でも足りるのである。

さらに、編集著作物の作成は、何らかの形で先人の文化的遺産を基礎とし、その上に著作者の新知見、アイデアを加えて完成させるのが一般であるから、著作物たり得るためには、その全部が作者の独創性で貫かれていることまでも要求されるものではなく、作成した作品の具体的な表現形式ないし方法に独自性が存することをもって足りるのである。

原判決は、著作権法における創作性について、特許法における「新規性」、「進歩性」以上に厳しい高度の要件を課し、右要件の下に控訴人電話帳の創作性を否定した。著作権法一二条一項の解釈を誤ったものという以外にない。

(二) 控訴人Aは、昭和四三年当時に電電公社から発行されていた職業別電話帳における種々の問題の解決を、すなわち、検索上の不便という矛盾の解消、無駄な広告料負担の軽減、大冊化による分厚い見にくいという弊害の解消を、実現しつつ、一冊の電話帳で利用者の用が足りることを中心的な考え方として、買い物・仕入のガイドブックとしての機能をよりよく実現するために、東京二三区の職業別電話帳を適切な近隣地域ごとに分冊とすべく、また、右分冊するに当たって、分冊による掲載業種の偏りを防止するとの観点から、できるだけ多くの業種を網羅できるように工夫すべく、ターミナルを中心とした具体的な発行の方針を策定したうえ、控訴人電話帳を作成した。これこそが控訴人電話帳の内面的表現形式(発行方針)というべきものである。このような内面的表現形式(発行方針)は、昭和四三年当時における社会状況における職業別電話帳の実用性という観点からみて、単なる思い付きをはるかに超えた発想であり、控訴人電話帳に創作性を付与するものである。

右の内面的表現形式(発行方針)に基づいて作成されたのが控訴人電話帳であり、その外面的表現形式は、ターミナルを基準にそこから放射状に伸びる鉄道線路に沿った周辺三区ないし五区を組み合わせるという分冊の基準を採用して、東京二三区を近隣の有効広告範囲の地域別にグループ化して、控訴人電話帳の分冊とするというものである。

(三) 原判決は、既に大阪府をはじめとする他府県において一つの府県が複数の地域に区分され、電話帳を分冊にしていたことをもって、控訴人電話帳に創作性がないことの根拠とする。

しかし、このように、他府県が先行して電話帳を分冊していたことを東京二三区の電話帳に創作性がないことの根拠とする考え方は、著作権法上の「創作性」の判断基準に、特許法上の「新規性」と同様の要件を持ち込むものであり、法解釈を誤っている。

また、著作権法で保護されるのは、抽象的な「編集方法」ではなく、控訴人電話帳に即していえば、あくまでも、東京二三区の職業別電話番号情報・職業広告を具体的にどういう目的の下に、いかなる基準で分冊し、配列するかという問題である。地域が異なれば、当然、素材も異なる。大阪・山口などの地域の職業別電話帳と東京二三区の職業別電話帳では対象となる地域が完全に異なり、その電話番号、広告等素材も全く違っているのであるから、他府県の電話帳がどのように分冊されていようと、控訴人電話帳には全く関係がない。そうでなければ、地域分冊という形の分冊方法というアイデア自体を保護することになってしまうのである。

そのうえ、前記大阪等の電話帳は、控訴人電話帳の分冊の基準とは全く別の基準により分冊されているから、控訴人電話帳に先行して分冊が実施されているとしても、このことをもって控訴人電話帳の創作性を否定することはできない。

3  複製権・翻案権侵害について

(一) 控訴人電話帳と脱退被控訴人の別紙物件目録一1ないし7記載の職業別電話帳(以下、これらを「被控訴人電話帳」と総称する。)との同一性について

(1) 編集著作物における複製権侵害は、表現の組成ないしは秩序としての素材の選択や配列における外面・内面的表現形式に実質的同一性が認められる限り、多少の増減・変更が加えられていても差し支えない。また、編集著作物における翻案権侵害は、素材の選択や配列が異なっていても、他方の編集著作物の素材の選択や配列における本質的な特徴(内面的表現形式)を直接感得できる程度に素材の選択又は配列における基本的な特色が引き継がれている場合に肯定される。そして、翻案権侵害における素材の選択又は配列における本質的特徴の有無を判断するには、具体的には共通する素材の量的な多寡(外面的表現形式)、その質的大小(内面的表現形式)、言い換えれば、主要な素材が共通しているか、素材の主要部分が共通しているかを考慮すればよいのである。編集方針については、それが共通又は近似しているからといって、直ちに翻案権の侵害とはならないが、本質的特徴の有無の判断資料として考慮することは差し支えない。

(2) 控訴人電話帳と被控訴人電話帳とは、それぞれ、掲載区域について、各分冊ごとに主要な掲載区及び中心となるターミナル、鉄道路線のほとんどが重複しており、分冊の動機・分冊の基準についてもほとんど重複し、各分冊の色分表示、表紙への掲載地域略図の掲載等の形式的案内表示も共通であり、内面的表現形式である編集方針・編集の動機もほぼ完全に一致しているところから、若干の掲載区の相違については、素材の選択における実質的同一性を損なうものではない。

被控訴人電話帳において東京二三区を複数の地域ごとに分冊化した動機は、無駄な情報を削除し、近隣地域一冊限定配布を行うこと(検索上の矛盾の解消)、単一ブロックのみの限定広告掲載の場合、広告料金が半額以下になるように措置すること(広告料金の軽減)、分厚い、見にくいといった弊害を除することを目的としているものであるから、動機において、控訴人電話帳のそれと全く同一となる。

そして、被控訴人電話帳の分冊の基準も、「自区及びその核となるエリアを含む周辺の区」(乙第九号証の一一二頁及び一一三頁参照)というものであり、そこにいう「核となるエリア」とは「主要な商業区」であり、この概念は、主要ターミナルと実質的に同一である。「周辺の区」とは「緊密な関係にあるグループ」を示すものであり、緊密な関係とは、主要ターミナルから放射線上に伸びる鉄道路線の方向を示すものである。結局、各分冊ごとの主要ターミナル及びそこから放射線上に伸びる鉄道路線が、控訴人電話帳と被控訴人電話帳とで完全に一致しているのである。

したがって、控訴人電話帳と被控訴人電話帳の間には、素材の選択において実質的同一性が認められ、脱退被控訴人による被控訴人電話帳の発行は、控訴人電話帳の複製権侵害を構成するものというべきである。

(3) 仮に複製権侵害が認められないとしても、右のとおりの事情の下では、控訴人電話帳も被控訴人電話帳も、その分冊目的及び分冊の基準としての主要ターミナル及び鉄道路線の選定において共通しており、素材の選択又は配列に控訴人電話帳の本質的特徴の基本的特色が引き継がれていることが明らかである。したがって、被控訴人電話帳は、控訴人電話帳の翻案権を侵害しているものである。

(4) 以上は、控訴人電話帳の第一分冊の編集著作権が都内二三区全域に及んでいることを前提とするものである。しかし、控訴人電話帳の第一分冊以外の各分冊についても、各掲載区域ごとに独自にその編集著作権が発生しているのであり、各分冊ごとの掲載区域について掲載区域、主要ターミナル、主要鉄道路線の重なり合いが認められるから、複製権又は翻案権の侵害が認められる。

(二) 依拠性について

脱退被控訴人の被控訴人電話帳が、控訴人電話帳に依拠して作成されたものであることは明白である。

脱退被控訴人の前身である電電公社は、昭和四三年一〇月、都内各電話局長名義で、控訴人電話帳と特定して妨害文書を発行し、全国紙にも、控訴人電話帳と特定のうえ、妨害広告を出しているのであるから、電電公社が、昭和四三年一〇月以前から、控訴人電話帳の内容を知悉していたことが明らかである。また、被控訴人電話帳には、辞書的機能とガイドの機能からみた内容の共通性、分冊の構成の類似性、控訴人電話帳に独自の工夫である色分け区分図、精密地図、鉄道路線図を添付するという点で共通するなど、控訴人電話帳を利用(依拠)せずに作成されたとは考えられない程度に、共通の内容や表現が多数存在しているのである。

4  請求原因の追加

(一) 脱退被控訴人は、平成四年ないし平成一二年の各二月に、それぞれ職業別電話帳東京二三区版(平成一一年二月、平成一二年二月発行のものが当審において新たに追加した電話帳である。)を発行した。

(二) 脱退被控訴人が右各電話帳を発行する行為が、控訴人Aが控訴人電話帳について有する著作権(複製権ないし翻案権)及び控訴人会社が控訴人電話帳について有する出版権を侵害する行為であり、その行為につき、脱退被控訴人に故意又は少なくとも過失があることは、原審における控訴人らの主張及び当審における前記主張のとおりであり、控訴人らは、脱退被控訴人による右侵害行為によって、別紙損害計算書記載のとおり、控訴人Aにつき二四五億三〇二〇万円、控訴人会社につき七三五億九〇六〇万円を下らない額の損害を被った。なお、控訴人Aに生じた損害は、著作権法一一四条二項に係る損害(ロイヤリティー部分)に限定しても、別紙ロイヤリティー計算書記載のとおり、その損害額は、一四三億五五三一万円を下らない。

(三) 脱退被控訴人は、日本電信電話株式会社法の一部を改正する法律(平成九年法律第九八号)に基づき、平成一一年七月一日、参加人に対して営業譲渡をし、参加人は、本件に係る脱退被控訴人の地位を承継した。

(四) よって、控訴人Aは、参加人に対し、著作権侵害に基づき、右損害額のうち一億二五〇〇万円及びこれに対する平成九年三月一五日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、また、控訴人会社は、参加人に対し、右損害額のうち三億七五〇〇万円及びこれに対する平成九年三月一五日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

(五) 控訴人Aは、平成一二年六月三〇日、控訴人会社に対し、本件著作権侵害に基づく参加人に対する二四五億三〇二〇万円の損害賠償請求権から、第一審以来請求している一億二五〇〇万円を差し引いた二四四億〇五二〇万円のうち五億円を譲渡した。控訴人Aは、平成一二年七月一八日、参加人に対し、控訴人らの同日付け準備書面(二〇)をもって、前記記載の債権譲渡の通知をした。

よって、控訴人会社は、予備的に、控訴人Aから譲渡を受けた参加人に対する損害賠償請求権五億円のうちの三億七五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日である平成九年三月一五日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  当審における参加人の主張の要点

1  対象となる著作物について

控訴人らは、控訴人電話帳は、これに未完成の部分(第二ないし第六分冊)があるとしても、その部分について、その知的創作性がこれを見る者にとって明らかな程度に達していれば、未完成部分をも含めて全体として一つの編集著作物として、保護されるべきである旨主張する。

しかし、著作権法が表現を保護する法である以上、保護の対象となるものは、具体的に表現されたもの以外にあり得ない。控訴人らの主張は、アイディアを保護すべきであるとの主張を言い換えたものにほかならず、独自の見解であり失当である。

2  創作性について

(一) 事実・データを素材とした編集著作物についての創作性は、単なる真似ではないというだけで足りず、ある程度の高い創作性が要求されると解すべきである。

すなわち、事実・データを素材とした編集著作物については、個々の素材に個性がないために、創作に当たっては、編集方針により大きな重点が置かれることになり、極端な場合には、編集方針が決まれば具体的表現まで決まってしまう例さえもある。事実・データを素材とした編集著作物については、創作性のレベルを、単に他人の真似をしないという程度まで低く設定してしまうと、事実上、誰でもが思いつくようなありふれた編集方針というアイデアまでも保護してしまうことになりかねず、著作権法の基本理念に反する結果となってしまうのである。

(二) 職業別電話帳の分冊を検討する場合、地域による分冊は、誰でも直ちに思いつく分冊の方法であり、脱退被控訴人の前身である電電公社(以下、同公社を示すものとしても、「脱退被控訴人」ということがある。)は、昭和四〇年から山口県と岡山県において、昭和四三年から大阪府において既に実施していた。

すなわち、電電公社は、昭和四〇年に発行した職業別電話帳において、山口県及び岡山県をそれぞれ三地域に分冊しており、昭和四三年に発行した職業別電話帳においては、大阪府を二地域に分冊している。特に、大阪府における職業別電話帳の分冊は、単なる機械的な分冊ではなく、職業別電話帳の問題点を把握し、そのための解決策として「これらの問題を解消し今までどおり無料で配布できるよう、また電話番号調べにご不便とならない範囲で地理的、経済的に関係の深い地域ごとに分冊して発行する」(乙第一八号証)こととしていたのである。要するに、電電公社は、控訴人電話帳(第一分冊)に先んじて、加入電話契約者数の増大に伴う職業別電話帳の問題点を的確に把握し、その対応策として、単なる機械的な分冊ではなく、一冊の電話帳で用を足すことができることを念頭におき、さらに、使いやすさや必要な情報量の確保等をも勘案し、合理的な分冊の基準に基づき地域分冊していたのである。

また、控訴人らが主張する控訴人電話帳における創作性の根拠の一つである「ターミナルを中心とした周辺地域」という分冊の基準は、日常生活において誰でも容易に思いつくありふれた発想であり、この点に創作性が認められないことが明らかである。

さらに、控訴人電話帳における地域による分冊の方法は、近隣の四つの区を一つの地域としたものという以上のものではないから、たとい「ターミナルを中心とした周辺地域」という分冊の基準に基づいて作成した電話帳であるとしても、そこにおける素材の選択や配列に創作性を認めることはできない。

控訴人らは、控訴人電話帳が、買い物・仕入のガイドブックとしての機能をよりよく実現するものである旨主張する。

しかし、職業別電話帳である以上、「買い物・仕入れのガイドブック」としての機能を有することは当然のことであり、殊更目新しい発想ではない。

また、控訴人電話帳よりも先に脱退被控訴人の創意・工夫により作成された職業別番号簿も、「買い物・仕入れのガイドブック」としての機能を有している。すなわち、電電公社発行に係る大阪府職業別電話番号簿(乙第三〇号証一頁)には、「この職業別番号簿はショッピング・ガイド(買物案内の手引)として、またサービス内容のご紹介として広告をのせ皆様のご便宜をはかっております。」と、「買い物・仕入れのガイドブック」としての機能を明記しているだけでなく、検索するときの工夫においても、例えば、職業の分類方法の業種別索引「機械・器具・部分品」に「機械類」「ベアリング」「船具・船舶部品」(同号証七頁)等の項目があることからも明らかなように、広く一般の利用者だけでなく、特定の事業者間の取引をも念頭に入れた内容となっており、「買い物・仕入れのガイドブック」としての機能を有していたのである。

3  複製権・翻案権侵害について

(一) 控訴人電話帳と被控訴人電話帳との同一性について

(1) そもそも控訴人電話帳には創作性がないのであるから、その複製権や翻案権の侵害について論じること自体意味がないことである。

(2) 東京二三区の職業別電話帳の分冊数は、被控訴人電話帳が五分冊であるのに対し、控訴人電話帳では六分冊(ただし、二分冊以降は未完成)である。

被控訴人電話帳の各分冊に収録されている区は、別紙収録エリア目録記載のとおりである。ただし、港区、品川区、目黒区、大田区の分冊には中央区、渋谷区が、台東区、荒川区、足立区、葛飾区の分冊には千代田区、中央区が、豊島区、文京区、北区、板橋区、練馬区の分冊には千代田区、新宿区が、それぞれ追加収録されている。

被控訴人電話帳が五分冊にされている理由は、脱退被控訴人独自の発想及び方針から、膨大な経費を費やして実施した調査結果を基に、製本上の問題点等を勘案し、さらに広告主や利用者に対するアンケート等を分析することによって到達した結果であり、そこには、四分冊でも六分冊でもなく、五分冊でなければならない必然性があるのである。

被控訴人電話帳では、世田谷区と杉並区の両区、足立区と葛飾区の両区がそれぞれ同一分冊に収録されているのに対し、控訴人電話帳では、右各両区は同一分冊に収録されていない。また、被控訴人電話帳では、千代田区、中央区が三つの分冊に、新宿区、渋谷区が二つの分冊に重複して掲載されているのに対し、控訴人電話帳では、複数の分冊に重複して収録されている区は存在しない。

脱退被控訴人は、各分冊に主要な商業区を一区以上収録すること、地域分冊することから、いわゆる飛び区を作らないこと、所定の購買行動、通話交流の充足度を確保する等の基本的な方針を策定したうえで検討したところ、重複収録のない五分冊案では所定の充足度を確保できない分冊が発生することが判明したので、これら所定の充足度を確保できない複数の分冊において、購買行動や通話交流の中心となる区(千代田区、中央区、新宿区、渋谷区)を追加収録するという工夫を凝らすことにより、前記基本的な方針を維持することができたのである。

(3) 控訴人らは、被控訴人電話帳と控訴人電話帳の掲載区について分冊ごとに重複している旨主張する。

しかし、仮にそれぞれの分冊に収録されている区の範囲が一部重複することがあったとしても、誰が書いても同じような表現にしかならない場合や、当該思想又は感情を表現する方法が限られている場合には、同一性の認められる範囲は狭くならざる得ない。東京二三区職業別電話帳の場合、分冊の対象の区が二三区であり、それを数区に分けるのであるから、一部の分冊において区が重複するのは当然のことである。全く重複しないように分けることの方が不可能なのである。

(二) 依拠性について

前記のとおり、被控訴人電話帳は、脱退被控訴人独自の発想及び方針に基づいて作成されたものであり、控訴人電話帳に依拠して作成されたものでないことが明白である。

4  請求原因の追加について

控訴人の追加した請求原因は、いずれも争う。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、控訴人らの本訴請求は、当審における控訴人会社の新請求も含めて、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

一  対象となる著作物について

著作権法二条一項一号が、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定していることからすれば、著作権法によって保護される「著作物」とは、「表現したもの」であること、言い換えれば、著作者の思想又は感情が外部に認識できる形で現実に具体的な形で表現されたものであることを要するものというべきである。

本件において、控訴人電話帳の第二ないし第六分冊が、いまだ作成されていないことは当事者間に争いがない。そうすると、控訴人電話帳の第二ないし第六分冊は、右の意味で「表現したもの」となっていないのであるから、著作権法上の保護の対象とならないことが明らかである。

控訴人らは、控訴人電話帳の第二ないし第六分冊が未完成であっても、その創作性がこれを見る者にとって明らかな程度に達していれば、未完成部分も含めた控訴人電話帳の全体が編集著作物として法的に保護されるべきである旨主張する。

しかしながら、著作権法によって保護されるのは、創作性そのものではなく、前記のとおり、「表現したもの」、すなわち、現実になされた具体的表現を通じて示された限りにおいての創作性であり、その意味では、著作権法によって保護されるのは、現実になされた具体的な表現のみであるというべきである(具体的表現が存在するとき、それに対する保護の範囲をどこまで拡張すべきか、保護の範囲を拡張するに当たり、何に対してどのような役割を与えるべきかは、別の問題である。)。

控訴人電話帳の第二ないし第六分冊がいまだそのものとしては存在しておらず、したがって、右の意味で、思想又は感情を創作的に「表現したもの」となっていない以上、仮に、近い将来完成される予定であり、どのような編集方針に基づいて編集され、どの区を掲載対象とし、どのような内容となるのかなどが事前に示されていたとしても、控訴人ら主張の電話帳としての具体的な表現が存在しないのであるから、著作権法上の保護を受ける余地はないものといわざるを得ない。

控訴人らの主張は、採用できない。

二  創作性について

1  著作権法は、その二一条で「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」と規定し、その二七条で「著作者は、その著作物を・・・若しくは変形し、・・・その他翻案する権利を専有する。」と規定して、著作者に「著作物」を「複製する権利」(複製権)や変形などの方法で「翻案する権利」(翻案権)を与えている。

前述のとおり、著作権法によって保護されるのが、「表現したもの」すなわち現実になされた具体的な表現のみであることからすれば、思想又は感情自体に保護が及ぶことがあり得ないのはもちろん、思想又は感情を創作的に表現するに当たって採用された手法や表現を生み出す本(もと)になったアイデア(着想)も、それ自体としては保護の対象とはなり得ないものというべきである。そして、この理は、対象が編集著作物であっても同様であると解すべきである。

すなわち、著作権法は、編集著作物について、「編集物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」(一二条一項)と規定しているものの、編集物もまた、「著作物」の一種にほかならず、そこでは、著作物性の根拠となる創作性の所在が素材の選択又は配列に求められているというだけで、前述した「著作物」の意義に鑑みれば、たとい素材の選択又は配列に関する「思想又は感情」あるいはその表現手法ないしアイデアに創作性があったとしても、それが「思想又は感情」あるいは表現手法ないしアイデア(以下、これらをまとめて「発想」ということがある。)の範囲にとどまる限りは、著作権法の保護を受けるものではなく、素材の選択又は配列が現実のものとして具体的に表現されて、はじめて、表現された限りにおいて、著作権法の保護の対象となるものと解すべきである。逆に、編集著作物にあっては、その素材の選択又は配列に関する発想において創作性を有しなくても、これに基づく現実の具体的な素材の選択又は配列に何らかの創作性が認められるなら、その限りにおいて著作権法の保護を受け得ることになるのである。

2  証拠(甲第一号証の一ないし六、第一四号証、第一五号証、第一七号証)によれば、控訴人電話帳(第一分冊)は、東京二三区のうち台東区、葛飾区、墨田区、江戸川区の四区を一つのグループとしてまとめた職業別電話帳であり、基本的には、表表紙と裏表紙、五〇音別職業索引、職業別電話番号掲載ページから成っており、その他に、会議メモのページ、住所電話書抜欄のページ、求人広告欄のページなどが加えられたり、適宜、一般広告及び割引券付き広告などが掲載されたりしていること、職業別電話番号掲載ページには、右四区内の電話加入者の氏名又は名称と住所と電話番号が職業別、右四区の区の別に順に掲載されていることが認められる(認定事実中には当事者間に争いがないものもある)。

右認定の事実によれば、控訴人Aは、その精神活動に基づいて、東京二三区のうち台東区、葛飾区、墨田区、江戸川区の四区を選び、会議メモのページ、住所電話書抜欄のページ、求人広告欄のページなどを加えつつ、また、一般広告のほか割引券付き広告をも掲載しつつ、右四区内の電話加入者に係る控訴人電話帳(第一分冊)を作成したというのであるから、素材の選択又は配列を含めた電話帳全体に控訴人Aの思想又は感情が表現されているものということができ、この具体的な表現は、誰が行っても同じになるであろうといえるほどにありふれたものとはいえないから、控訴人電話帳(第一分冊)には、表現されたものの全体として創作性が存在するものと認めるのが相当である。

3  控訴人らは、控訴人Aは、昭和四三年当時に電電公社から発行されていた職業別電話帳における種々の問題の解決を、すなわち、検索上の不便という矛盾の解消、無駄な広告料負担の軽減、大冊化による分厚い見にくいという弊害の解消を、実現しつつ、一冊の電話帳で利用者の用が足りることを中心的な考え方として、買い物・仕入のガイドブックとしての機能をよりよく実現するために、東京二三区の職業別電話帳を適切な近隣地域ごとに分冊すべく、また、右分冊するに当たって、分冊による掲載業種の偏りを防止するとの観点から、できるだけ多くの業種を網羅できるように工夫すべく、ターミナルを中心とした具体的な発行の方針を策定したうえ、控訴人電話帳を作成したとし、これこそが控訴人電話帳の内面的表現形式(発行方針)というべきものであり、それ自体、著作権法による保護に値する旨主張する。

(一) しかしながら、控訴人ら主張の控訴人電話帳の内面的表現形式(発行方針)は、つまるところ、電話帳を作成するに当たっての発想、すなわち、思想又は感情あるいは表現手法ないしアイデア、というべきものであるから、それ自体としては、著作権法上の保護の対象とはなり得ないものである。この発想が現実に具体的に表現され、表現されたもののうちに著作者の創作性が表われているとき、その限りにおいて、それが著作権法上の保護の対象となるものである。

したがって、控訴人らの右主張は、主張自体失当というべきである。

(二) 右のとおり、著作権法が保護の対象としているのが現実になされた具体的な表現のみであるとしても、現実になされた具体的な表現に創作性が認められる場合に、次に問題となるのは当該著作物の保護の範囲であり、保護の範囲の広狭を検討するに当たって、本来は著作権法上の保護の対象とならない発想、すなわち、思想又は感情あるいは表現手法ないしアイデア自体の創作性が影響を及ぼすことがあることは、否定できないところである。すなわち、一般的にいって、発想に卓越した創作性が存在する場合には、保護の範囲は広いものとなるであろうし、単に著作者の個性が表われているだけで、誰が行っても同じになるであろうといえるほどにありふれたものとはいえないといった程度の創作性しか認められない場合には、保護の範囲は狭いものとなり、ときにはいわゆるデッドコピーを許さないという程度にとどまることもあり得るであろう。

そこで、本件について、控訴人ら主張の内面的表現形式(発行方針)にどの程度の創作性があるのかについて検討する。

(1) まず、東京二三区の職業別電話帳を適切な近隣地域ごとに分冊するという発想について検討する。

証拠(乙第六号証の二ないし四、第七号証の一ないし三、第八号証の一ないし一〇、第一八号証、第一九号証)によれば、電電公社は、昭和四〇年には、岡山県の五〇音別番号簿及び職業別番号簿を、岡山市(周辺局を含む)、岡山県東部、岡山県西部の三つの地域に区分して、地域ごとに分冊して発行し、また、山口県の職業別番号簿を、下関市、山口県東部(広島県大竹市を含む)、山口県西部の三つの地域に区分して、地域ごとに分冊して発行し、遅くとも昭和四三年には、大阪府の職業別番号簿を、大阪市、大阪府北部、大阪府南部の三つの地域に区分して、地域ごとに分冊して発行したこと、電電公社は、岡山県の五〇音別番号簿及び職業別番号簿を分冊にするに当たって、「電話がふえるにつれ、ますます、厚く重くなってまいりますので、いっそう、引きやすく、見やすい電話番号簿にするため、原則として、五十音別番号簿(白色ページ)と職業別番号簿(黄色ページ)を分冊し、さらに、それぞれをいくつかの地域に分けて発行することにいたしました。」などと記載した案内文を添付したこと、同公社は、昭和四三年、大阪府の職業別番号簿の分冊を頒布するに当たって、「電話番号簿の発行につきましては「正確で見やすく引きやすい番号簿」をモットーに鋭意改善を重ねておりますが、電信電話の長期拡充計画の進展に伴い加入電話は飛躍的に増加しており、このため電話番号簿の発行部数、ページ数等が急激にふえ、従来の発行方法では印刷製本が困難となり、発行経費も増大し、・・・これらの問題を解消し今までどおり無料で配布できるよう、また電話番号調べにご不便とならない範囲で地理的、経済的に関係の深い地域ごとに分冊して発行することにいたしました。」などと記載した案内文を添付したこと、電電公社は、昭和四〇年、山口県の職業別番号簿の分冊を頒布するに当たって、「電話番号簿は、これまで県単位に発行していましたが、電話が増えるにつれて、ますます厚く重くなってまいりますので、いっそうひきやすく、見やすいものにするため、五十音別と職業別に分冊し、さらに、それぞれをいくつかの地域に分けて発行することにいたしました。」などと記載した案内文を添付したことが認められる。

右認定の事実によれば、ますます厚く重くなっていく電話番号簿を薄く軽くし、ひきやすく見やすくするために、一県(府)の電話番号簿を複数の地域ごとに分冊するという発想は、昭和四〇年以降、既に、電電公社において、山口県、岡山県、大阪府で採用していたことが明らかである。

そうすると、東京二三区の職業別電話帳を適切な近隣地域ごとに分冊するという発想自体は、電話帳に関するものとしてありふれた発想を単に東京二三区の職業別電話帳に適用したというにすぎないから、これに格別の創作性を認めることはできない。

(2) 次に、買い物・仕入のガイドブックとしての機能という発想について検討する。

証拠(乙第一二号証)によれば、昭和四四年に電電公社によって発行された東京二三区版の職業別電話帳には、「お買いもの・ご商売・レジャーのガイドブック」との見出しの下に、「もくじ」の項目と「ひきかた」の項目が設けられ、「ひきかた」の項目の下に、「お医者をさがすとき」、「運搬、引越しをたのむとき」、「家具を買いたいとき」、「レジャーの予約・ご相談に」という例をあげて、それぞれの場合における電話帳の引き方が記載されているうえ、「名前と職業をご存知のときは、50音別電話番号簿でひくよりたやすくさがせて、お役にたちます。」、「広告は、あなたの注文先をさがすのに役だちます。」、「同じ職種の中では、掲載名を50音順に配列してあります。日常生活に直接関係のある病院などの職種については、東京23区の区別(区名は50音順)に配列してあります。」などという記載があることが認められる。

右認定の事実によれば、昭和四四年発行の電電公社の職業別電話番号簿が買い物・仕入のガイドブックとしての機能を有していたことは明らかである。そして、このような機能は、多かれ少なかれ、すべての職業別電話帳が備えているものである。したがって、たとい、控訴人電話帳(第一分冊)が買い物・仕入のガイドブックとしての機能を持たせるという発想に基づいて作成されているとしても、その発想自体には、格別の創作性を見出すことができないものといわざるを得ない。

(3) 控訴人らは、ターミナルを基準にそこから放射線状に伸びる鉄道線路に沿った周辺三区ないし五区を組み合わせるという分冊の基準を採用して、東京二三区を近隣の有効広告範囲の地域別にグループ化して、控訴人電話帳の分冊としているとして、右基準の採用自体に創作性がある旨主張する。

しかしながら、控訴人電話帳(第一分冊)は、客観的には、近接する台東区、葛飾区、墨田区、江戸川区の四区を一つの地域としているのみとみることの可能なものであって、表現されたもの自体から、ターミナルを基準にそこから放射線状に伸びる鉄道線路に沿った周辺三区ないし五区を組み合わせるという分冊の基準をうかがうことはできない。また、仮に、表現されたものから右基準をうかがうことができるとしても、同基準自体、分冊の基準としてはごくありふれたものということができるから、その採用に格別の創作性があるといえないことは明らかである。

(三) 以上、検討したところによれば、控訴人電話帳(第一分冊)は、控訴人ら主張の内面的表現形式(発行方針)について検討しても、格別の創作性を認めることはできない。そのほか控訴人電話帳(第一分冊)の表現の本(もと)となる発想に格別の創作性が存在することを認めさせる資料は、本件全証拠によっても見出すことができない。

そうすると、控訴人電話帳(第一分冊)の保護の範囲は、いわゆるデッドコピーを許さないというほどではないにせよ、狭いものになるといわざるをえないのである。

(四) 控訴人らは、原判決の、他府県が先行して電話帳を分冊していたことを東京二三区の電話帳に創作性がないことの根拠とする考え方は、著作権法上の「創作性」の判断基準に、特許法上の「新規性」と同様の要件を持ち込むものであり、法解釈を誤っている旨主張する。

確かに、電電公社が先行して他府県の電話帳を分冊していたことを東京二三区の電話帳に創作性がないことの根拠とする考え方は、誤りである。

しかしながら、そもそも、控訴人電話帳の内面的表現形式(発行方針)自体について著作権法による保護を求めようとする控訴人らの主張は、控訴人らの言い方を借りるならば、著作権法上の「創作性」の判断基準に、特許法上の抽象的な「技術的思想」と同様の要件を持ち込もうとするものであることは、前述のとおりである。原判決を攻撃する控訴人らの右主張は、一方で、特許法の下におけると同じように発想自体の保護を求めつつ、他方で、先行する電話帳の存在を指摘されるや、特許法下の保護と著作権法下の保護との相違を強調し、特許法上の「新規性」と同様の要件を持ち込むことは許さないとして、これを論難するものであって、論理が一貫しているとはいいがたく、失当である。

なお、あえて特許法と関連づけて述べるならば、前述したとおり、著作権法が保護の対象とするのは「表現されたもの」に限られるのであるから、著作権法においては、保護の対象となるのは、いわば、特許法における「実施例」に対応するもののみであり、この、「実施例」に対応する現実になされた具体的表現を出発点として、その表現の本となっている発想等を考慮しつつ、保護の範囲をどこまで拡張すべきかが判断されることになる、というべきである。

4  結局のところ、控訴人電話帳(第一分冊)は、現実に具体的に表現されたもの自体としては、創作性が認められ、著作権法による保護に値するということができるものの、控訴人ら主張の内面的表現形式は、それ自体としては、著作権法による保護の対象とはなり得ないものという以外になく、また、その保護の範囲は、狭いものとならざるを得ないのである。

三  複製権・翻案権侵害について

1  著作権法における著作物及び創作性について一及び二で述べたところを前提にすると、著作権法にいう複製あるいは翻案とは、既存の著作物に依拠してこれと同一のものあるいは類似性のあるものを作製することであり、ここに類似性のあるものとは、「既存の著作物の、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての創作性の認められる部分」についての表現が共通し、表現が共通しているその結果として、当該作品から既存の著作物を直接感得できると判断できるものであって、この判断には、表現の本となる発想自体の創作性が影響を与え得る、と解すべきである。

これを本件についていえば、控訴人電話帳(第一分冊)は、前記認定のとおり、現実に具体的に表現されたものの全体として著作物性を有するものであるから、控訴人電話帳(第一分冊)と被控訴人電話帳とを、表現されたものの全体として対比したとき、具体的に表現されたもの自体に共通性が認められ、その共通性の結果として後者から前者を直接感得できると判断できる場合に、複製権侵害あるいは翻案権侵害が成立するものというべきである。そして、その場合、前述のとおり、控訴人電話帳は、それを作成する上での発想(控訴人らのいう内面的表現形式)に格別の創作性が認められず、その保護の範囲も狭いものであることからすれば、たとい、両者を作成する上での発想(控訴人らのいう内面的表現形式)に共通するところがあったとしても、そのことが、控訴人電話帳の著作物についての保護の範囲を考えるうえで、当該保護の範囲を拡張する方向に働くものとなることは、あり得ないものというべきである。

2  証拠(乙第一〇号証の一ないし六)によれば、被控訴人電話帳は、東京二三区を、千代田区、中央区、墨田区、江東区、江戸川区の地域(エリア1)、港区、品川区、目黒区、大田区の地域(エリア2)、新宿区、渋谷区、世田谷区、中野区、杉並区の地域(エリア3)、豊島区、文京区、北区、板橋区、練馬区の地域(エリア4)、台東区、荒川区、足立区、葛飾区の地域(エリア5)に区分して、電話番号簿を五分冊にするとともに、エリア2に中央区、渋谷区を、エリア4に千代田区、新宿区を、エリア5に千代田区、中央区を、それぞれ追加収録していることが認められる。

3  控訴人電話帳(第一分冊)と被控訴人電話帳とを対比すると、前者が、台東区、葛飾区、墨田区、江戸川区を一つの地域としているのに対し、後者においては、エリア1が、千代田区、中央区、墨田区、江東区、江戸川区を一つの地域とし、エリア5が、台東区、荒川区、足立区、葛飾区を一つの地域として、これに千代田区、中央区が追加収録されているのであって、分冊の内容が大きく異なっており、それに伴い、電話番号簿の表現内容も大きく相違していることが明らかである。

そして、このような状況を前提にして、なお、被控訴人電話帳に現実に具体的に表現されたものから、控訴人電話帳(第一分冊)に現実に具体的に表現されたものを直接感得することができると認めることを可能とする資料は、本件全証拠を検討しても見出すことができない。被控訴人電話帳に複製権侵害ないし翻案権侵害を認めることはできない。

四  請求原因の追加について

前記の認定判断に照らすと、控訴人会社の新請求(損害及び損害額の追加等)は、すべて、理由がないことが明らかである。

五  以上のとおり、控訴人らの請求は、当審における控訴人会社の新請求も含めて、いずれも理由がない。控訴人らの請求(新請求を除く。)を棄却した原判決は結局において相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、あわせて、当審における控訴人会社の新請求を棄却することとし、控訴費用の負担について、民事訴訟法六七条、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例